そこは、病院。生存者がいなかったそうだ。
晴れた空に浮かぶ、病院の壁。
着いたた瞬間にオナガ鳥が一羽、さっと目の前を通り、着地するや否やまたさっと飛び立って弧を2回描いて病院の窓辺にとまった。
何かを知らせてくれたような気がした。
その窓辺にいた人のことだろうか。
荒れ果てた病院の中からひとりの男性が出てきた。
入らないように紐がはってあったがそれをまたいで出てきた。
少しバツの悪そうな表情でこちらを見た。
私よりも若い中年男性。赤いジャケット、筋肉質な体型をしている。
祈りに入ろうとしている私に向かって「何処の人?」と声をかけてきた。
私は直接の知り合いのいた病院ではないので一瞬声を詰まらせてしまった。
すると男性は車に戻り、中から額にはいったA4版の写真を取り出した。
「この人見たことない?」
私には面識があるはずはなく、連れの女性に向かいなおしたとき
彼女は「この病院のひとならたぶんあるはずです。」と返した。
写真の優しそうな女性は、看護師長の代理だったそうだ。
見つからないという。
「見つからない」
ということはいったい遺された者にとってどういう日々をもたらすのだろうか・・・。
それは
今もその建物の中を捜してしまうということ。
彼は、もう何度その建物の中を捜し歩いたことだろう。
その光景が糸を巻くように何度も回転する。
それは眠れない日々。
彼はもうどれだけ車の座席に写真を座らせて走ったことだろう。
思わずその方の名を訊いた。
そして祈った。
現れたのは神聖なる女性。
最後までできること、守ることを全うしようとした光の意思が観える。
女神なるその光が男性とつながっている。
そしてすぐ後ろに迫り立つ丘の上から降りてくるのは水の精霊のようにと思われた。
はて。
丘には竹笹が繁って麓には野菊。
あの日何もかも呑み込んだ津波のために草木の跡形もなくなった土に
ささやかな贈り物のように咲いている。
細い竹を伝わってそのエネルギーは降りてきていた。
竹自身からも放たれているが、それ以上の何かだと感じる。
行方の知れない看護師さんが今もここにいるかのように。
そして底知れぬ恐怖に立ち向かって患者を守ろうとしているかのように。
花を手向ける人々を愛で包むように。
男性は黙って祈りだしてしまった私を置いて車で立ち去っていた。
私は、後ろの丘をもう一度さがしてみてはどうか、と伝えたかった。
もうずいぶん探しているだろうけれど
当てのなくなった時に知らない誰かに言われたらどう思うだろうか。
少しの見込みを喜んでくれるのだろうか。なんの根拠があるのかと軽蔑されるのだろうか。
わからない。
でも私は感じていた。
二人の光が二つの色になってハートらしい縁取りを描きながら上に昇っていく・・・・。
それは美しい紫と緑。