2013-05-28

バーター


つまんない文かもしれないけど、最後のほうまで読むとアシュタールがでてくるよ・・・




この季節になると、ある大学の研修に行っていたときのことを思い出す。

大きなもみの木や銀杏、ゴシック建築の建物・・・・。
たたずまいがヨーロッパのそれと近くて、窓から見下ろす景観も中庭の空間もいつもとは少しだけ違って映った。
雨が降れば降ったで、また緑の香りと土の香りがミックスされて、校舎の壁もいよいよヨーロピアンなテイストになる。

講義は、ごく一般の大学の講義の形式。
でも一緒に席についているのは初老の方やとっくに職を辞している人たち。私は若者になってしまう。

先生は、経済学部の大学院の教授だったと思う。
この方、ソ連研究をライフワークにしていて、ソ連の時代は、そこに赴くのが政治的な理由によって難儀だったわけで、それでも社会主義の経済の実態を調査するべく頑張っていた。

1991年ソ連崩壊。

崩壊してしまったソ連の経済を研究するのも終わってしまうのか、単純に研究者にとっては国家消滅はがっかり・・・?

さにあらず。

崩壊してしまったおかげで堂々と何回でも旧ソ連に赴くことができるようになった。
公文書などが散逸されるというケースもあるのかもしれないが、その教授、うきうき顔でこう言った。
「研究はまさにこれから始まるのです。」ウハウハでその先生、周辺アジア諸国の帽子を土産に
買い集めたりもして、自分でかぶって見せてくれた。

カザフスタンとかウズベキスタンとか「~スタン」という国名がたくさんあるが、これは「~の国」という意味。遊牧民族や農耕民族が暮らす国々。
ソ連はいろいろな文化の地域も連邦に組み入れてその統制下においていた。

崩壊したソ連、自分が生きているなかでこれほど大きな国が崩壊するニュースを聞くことになるとは。
冷戦の極み、よもや核戦争?などと懸念されていた米ソの冷戦の終結。
この史実を目撃するということは、フランス革命や明治維新を目撃するに匹敵するだろう。

で、なにがいいたのか・・・。
その教授の教えてくれたことは、世界初の社会主義国家ソ連、この大国の機能が止まってしまった直後の人々の生活はどうなったか、というところの話だ。

そう、巨大地震がおこったりすると、都市機能が麻痺するとか、水や電気が止まるとかあるわけだが、巨大社会主義国家崩壊の直後、国家によって運営されているライフラインに携わる人々は、国家に雇われていたわけだが、お上がいなくなった空白の期間もそのまま仕事をしていたというのだ。

発電所は発電して電気を送り続け、石油精製所は石油をつくり供給し続けた。給料が入らなくても、ということだ。

様々な生産分野に携わるそれぞれの人々が、毎日の勤めをそのまま果たしていた。無給状態であったにもかかわらず、仕事を投げ出さず。天下の一大事、何をしてよいかわからなかったということもあっただろう、だからこそとりあえず毎日のことをしていた。

その結果どうなったか、というと、生活に必要なライフラインの供給と受給は金を貰わず金を払わず成立しつづけた。つまりこれを「バーター」(物々交換)という。

物々交換とは、先史時代から古代にかけての経済の在りようになるが、人の知恵が生んだお金という不思議な取引の手段は物々交換の取引よりも進化した形と信じて疑わない人も多いことだろう。
ところがソ連崩壊時に出現したこのバーター現象は実に高度に進化したバーターと認識されないだろうか、もしくは高度なバーター、資金不足の発展途上国のためのものだけではなく、先進国の資本主義経済のなかでも使える新しいバーターの可能性として大いに参考になるのではないか。

この事実は、心底私にとっては目から鱗だった。教授もとても面白がって話してくれた。

このバーター、使える。
将来の世界に必ず使える。
私が生きているうちでないかもしれないがきっと使える。
いや、すでにある地域では使っているはずだ。もっと大胆な使い方があってもいいはずだ。

そう確信し、それが先見だと思った。



先月4月、11次元のアシュタールのチャネリングで、10年20年後の地球の話。その中でお金について質問した方がいた。

するとアシュタールの話のなかにこの「バーター」の言葉が何度もでてくるではないか!

およよ、とひとり、ソ連崩壊時のバーターのことを考えてほくそえんでいた私である。